第27回 大塔村 木守風穴 巡検
2019.07.15
第27回 大塔村 木守風穴 巡検

7月15日(月)海の日、たまたま雨なしの梅雨の中休みの感でしたが、田ジ研の公式巡検でした。今回は、旧大塔村・木守地区の風穴観察会です。別の風穴愛好グループ(若者中心)との合同で、総勢23名になりました。8時半に旧大塔行政局に集合、5,6台に乗り合わせ木守地区に出発です。今回は371号線が不通のため、林道大熊線を利用、三豊神社の三叉路より大熊集落を経由し、赤土森山、板立峠を経て木守地区に入りました。素盞嗚(すさのお)神社前の広場にて準備、30分くらいのゆっくりの歩程で登り、全員風穴の観察を行いました。今回は夏場なので冷気が勢いよく吹き出しているのが観察できました。穴の前でタバコを吹かしてもらうと煙が流れるのがよくわかります。この風穴は夏場の巡検は初めてですが、この下にいると冷気が降りてきて涼しく感じるのが良くわかります。風穴を見つける一つの経験値でしょうか、冷房の無い昔のひとたちはこういう感覚に敏感だったのかもしれません。
2018年2月の冬場に来た時は、風が吹き込んでいましたから、これが風穴の不思議さです。今回、吹き出ている空気の温度は13度Cでした。2018年2月には外気が吸入されているので、当然温度は外気温になります。どのような論理性が考えられるか考えてみてください。この風穴はどこに通じているのかまだ不明らしいですが、全員堪能して下山し、神社前にてランチ&休憩、巨大な蛭がいたので名前をつけたり、塩をつけるとどうなるか等、いろいろ観察し、楽しめたようです。蛭くんにはかわいそうでしたが、、、、。午後は地元のY氏の紹介で入道山の麓、前ノ川にあったという火力発電所跡を訪問いたしました。Y氏によると、火力源は木材で製材をおこなっていたという。今回は対岸なので、橋もなく渡ることはできず、見たところかなり広い場所で川に沿った石垣もしっかりと作られています。前ノ川に沿って奥の方に道の跡があり、木馬(きんま)道があったようです。詳細観察は次回ということにして、来た林道を戻り百間(ひゃっけん)渓谷の巨大崩壊跡を見学いたしました。今回は、特別許可をいただき途中の堰堤が観察できるところまで入り、崩壊の巨大さを実感できました。16時ごろ、全員無事大塔行政局に帰還し、今回の巡検を終了いたしました。少しの雨がありましたが、ラッキーな巡検日和でした。お疲れ様でした。

和歌山県の風穴情報:ご参考に
1 高野風穴(高野山町)
2 龍門山風穴(紀の川市)
3 熊野風穴(日置川町)
4 上秋津風穴(田辺市 上秋津)
5 長野風穴(田辺市 長野)
6 木守風穴(田辺市 大塔)
7 口高田、相賀(おうが)(新宮市) 詳細一部は熊野誌30号 p230~233参照

1.先ずはA地点の風穴⇒B前の川上流の火力発電所跡地⇒C熊野(いや)の崩壊現場へ

2.平成生まれも参加 さすがのパワー(w) 

3.ジョーダンのジョニー 面白いネーミング!これがイチオシヒル対策らしい

4.素戔嗚神社前から15分の歩程とは言うけれど・・・

5.最初の坂道。既に若者は登り切っています

6.お堂は無いがお墓の横を通り抜けて

7.不思議な建物 ここでも神仏習合か?

8.これ何? どれどれ どこどこ? なになに何?!

9.見るからに怪しいキノコ 勿論、触れない

10.ガサガサと動いていたのは小さな赤ちゃん「アカハライモリ」さん

11.足元を気をつけながら道なき道を斜めに登る

12.もうすぐ! 大きく垂直な岩が見えて来た

13.ここ! ここです! ヤレヤレ;(やはり所要時間は倍の30分以上)

14.一人づつロープ伝いに風穴の入口まで

15.今回一番心配されていたM氏は、な!なんと余裕のポーズ

16.同じくいじられキャラのHは、穴の中で天然エアコンを体感 温度差で眼鏡が曇った

17.冷気が噴き出しています。かなり強い!

18.この辺りは木々が折れるくらい風が舞っているようだ !? それにしても涼しい!

19.かなりな勢いで風が吹き出しているのがよくわかりますね

20.入口は細身の人なら歩伏前進で中まで行けそうだが、斜めに下降している

21.さあ!今日の第1ミッション終了 ゆっくり気を付けて降りましょう!

22.「心のふる里」田辺市大塔村木守は その昔は都の木守と呼ばれていたようです

23.素戔嗚神社のお社正面の家紋は🥒胡瓜の輪切りです。

24.このもこもこした山が入道山。左への尾根続きに法師山があります。

25.昼食タイムはやっぱり楽しぃ! 神社前の清水で手を洗う「!ひやこい」

26.この神社の両サイドにはメタセコイアがあります。右サイドのは成長がよくない。

27.ヒルが何かを感じてグイーンと伸びて来た 思わず手ブレに

28.こんなにでっかいヒルを見たのは全員お初でビックラポン!

29.ヒル観察中 暫くコンクリート上でにらめっこ 木酢液を近づけると嫌がり逃げる 

30.撮り忘れしないうちに集合写真パチリ

31.今回は平均年齢グッと下がりましたw

32.その昔 火力発電所だったところ 石垣はまだしっかりと残っています

33.美しい水の流れに暫し足が止まる 紀伊半島 日本 地球は栄養満点!

34.国蔵峠のお地蔵さん 百間と木守を最短コースで行ける峠道

35.2011年紀伊半島大水害の大規模崩壊地 まだまだ工事中

36.シマシマ模様の堆積岩 

37.大塔村史より 32の発電所の紹介です。
前ノ川上流域の大塔山開発のため明治32年(1899)奈良県の植田理太郎が当時としては近代的な製板所を計画した(面積約4500㎡)。「蒸気動力でおさ鋸盤二台と、大割と枕木製材を兼ねた丸鋸盤一台を動かすことになっていた。」(「和歌山県木材史」)。大塔山(大正四年測量、日本製材株式会社所有林七九三二町二歩)にて伐採した材木は、工場付近まで流送した。オサノコ(竪鋸機)はノコギリ歯を縦に取り付け上下運動をする縦挽きで、大割や板を挽くノコギリ。丸(円)ノコギリ盤は60インチ(約152㎝)以下各種の円鋼板のノコギリで、回転運動にて有効半径より細い材木を挽くノコギリ。村内の工場では水車動力が多い中、この工場は蒸気動力を使用する。また、火力発電をして電灯·私設電話を架設していた(『大塔村誌』)。創業者の事業を引き継いだ、日本製材株式会社木守出張所工場前にて、明治40年の山祭当日の写真には、電柱や製品運搬の軽便軌道(五味の念土口まで約5キロ)と軌動車が写る。
2019.07.15 00:38 | 固定リンク | 研究会活動履歴

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