第32回 友ヶ島 巡検
2020.11.01
2020.11.1 第32回友ヶ島巡検報告

友ヶ島は紀淡海峡に浮かぶ沖ノ島、地の島、神島、虎島の4つの島の総称。  明治政府が紀淡海峡防備のため、由良地区(淡路島)、友ヶ島・加太・深山地区(和歌山市)に築造した由良要塞の要所です。 灯台や砲台跡(第1~第5)が観光資源にもなっているので、県内外からも多く見学に訪れる無人島です。瀬戸内海国立公園の一部にも指定されています。

7:05 田辺出発→8:45 加太港到着 →10:00 友ヶ島フェリー乗船10:20沖ノ島上陸 → 野奈浦広場 →  第2砲台跡 → 孝助松海岸 → 友ヶ島灯台 → 子午線広場 → 第3砲台跡 → タカノス山展望台 → 海の家 15:30フェリー乗船 → 17:45田辺着解散

以前より淡路島近く、友ヶ島巡検の声が上がっていたところ、11月1日灯台の日に合わせて日程調整を行ってきましたが、やはり様々なイベントも中止せざるを得ないコロナ禍の中、今年の友ヶ島灯台も残念ながら一般公開は叶いませんでした。 

心地よい空気と晴天に恵まれた絶好のお日和。 
フェリー出発までの間、本日のルートや友ヶ島の特徴、歴史=戦争、海の恵み、地層、津波等の概略を吉松敏隆氏(南紀熊野ジオパーク推進協議会学術専門員)より説明を頂きました。 事前の行程では、10:00往路乗船 13:30復路乗船となっていましたが、これではあまりにも忙しすぎるので、復路乗船を先ずは14:30更に15:30に変更しました。 が、それでも今回は沖ノ島の西側のみの探訪となり、東側の虎島(とらしま)手前、閼伽井(あかい=江戸前期の儒者李梅渓の寛文9年に刻んだ厳額に記述されている場所)の碑までは、タイムオーバーの為、進むことが出来ませんでした。 戻りは行きかう小さな漁船を横目に、少々離れがたき想いで島を後にしました。 友ヶ島灯台は、例年5月と11月に一般公開されているようなので、コロナ禍終息の兆しを期待しながら来年5月の干潮時の再訪を楽しみの一つとしておきます。

友ヶ島の地層は当日頂いた資料参照。上部白亜系和泉層群友ヶ島累層(和泉山脈西部から淡路島南部の地質概略図)。 地質的には、砂岩、砂岩・泥岩互層、泥岩及び礫岩(この場合の礫岩は酸性火山岩の流紋岩が多いのが特徴)のようです。ここはフリッシュ層(=タービダイト→出来た場所が違う)と呼ばれています。 南紀熊野ジオパークでも美しい整列で有名なタービダイト(和深のタービダイト)もあります。 上陸した沖ノ島西側の孝助松海岸磯では、友ヶ島累層下部層の観察となりました(潮時がイマイチだったので今回はアマモ化石にも会えず;)。 つまり、内帯側起源の堆積物ということです。

早朝7時集合にもかかわらず大半の参加者が6時40分迄に到着。今回の保険代・交通費・乗船代等、分担しながら手際よく徴収後、ほぼ予定通りに出発することが出来ました。 往路は約1時間40分で加太港第一駐車場へ。片道約20分の巡航は、船酔いしやすい私にとってはマアマアの所要時間ですね。(文責H)

1.加太港~沖ノ島運航コース 晴れでも波が高いと欠航も(前日が欠航だったような)

2.乗船前に本日のコースと見どころ等を吉松先生から説明頂く

3.9時前には桟橋駐車場に到着 が、余裕をもって10:00発に乗船

4.忘れないうちに先ずは記念写真 飛びこみメンバーともうまく合流できたー♪

5.・・・おそらく台風の影響で何かがぶつかったのでしょうね

6.砂岩・礫岩の堆積の様子を丁寧に受講

7.友ヶ島の形成の様子について ジオの入口メンバーには???w w w

8.大昔の断層の方向と中央構造線の出来初めの頃「分からんけど そうなんやー」ってw

9.たった一つのレストラン この建物自体はそうそう古くなさそう

10.今までジオには興味なかったメンバーも見方について徐々に興味津々にw

11.沢山の資料をご準備頂きました

12.厚層砂岩の中に・・・何やら怪しい生痕化石が   一体何モンなんやろか

13.第2砲台跡地 終戦時、以後の使用を禁ずる意図で爆破されている

14.明治1889年陸軍が淡路の由良から友ヶ島・加太の紀淡海峡地区に砲台群を建設した

15.しっかりしたレンガ造りは異国情緒溢れている

16.孝助松海岸 1853年ペリー提督が来た翌年勝海舟がこの海岸を訪れたそうな

17.このあたりが友ヶ島下部層の様子がわかる場所 内帯側関連の礫ばかり

18.結構大きいと思えるヤッコカンザシ管状の巣化石 

19.上部白亜系和泉層群 中生代白亜紀後期に形成された

20.角が削られた大小の石が磯の全体を占めています

21.びっしり礫がはまり込んでいるこの転石は画像左側が下部だった様子がわかる

22.よっこいしょ! 見晴らしの良い第1砲台跡に到着 

23.コロナ禍の時代でなければ灯台の日に因み内部見学もできていたのですが・・・

24.そんな残念な気持ちを吹っ飛ばすように はい!パワフルポーズ♪

25.今度は紀淡海峡と淡路島をバックに 「はい!チーズ チーズ」笑

26.これこれ!海流の移動に合わせて小舟を見事に操り小鯛漁中 見ごたえあり!

27.逆光だったけれど子午線最南端に近い場所で 「はい! 1+1はーにイー♪」

28.最初は面白い樹皮と思ったが、実はリス被害の痛々しい樹皮だった

29.トサムラサキの実(ムラサキシキブの仲間)和歌山県の絶滅危惧種指定

30.かの有名なスタジオジブリの世界感を彷彿させる場所 うん・・うん・・うん♪

31.将校たちの住まいと伺ったのですが・・・いつ頃利用されていたのでしょうか?

32.頑丈な鍵の名残りですね とても重たそうな;;

33.タカノス山展望台より 偶然トンビも上から激写!

34.いつの間にかあっちとこっちに分かれて見学 こっちの組集合記念写真

35.中央構造線の五条屈曲と和泉堆積盆の形成モデルについては ちと難しい;

36.残念!この日はタイムオーバーで沖ノ島の深蛇池には泥岩の津波堆積物まで行けず

37.野奈浦桟橋 15:30発のフェリーに乗りました(16:30でも良かったけどね w)

38.典型的なフリッシュ層(=タービダイト)深い海盆で形成された 美味しそうなローストビーフw w

39.小舟と並走しながら沖ノ島まで片道約20分 船酔いもせず頃合いの乗船時間だー  

40.地の島 こちらの形成年齢が新しい 新生代に近いのかなー ?

2020.11.01 23:51 | 固定リンク | 研究会活動履歴
田ジ研自主研修 フェニックス褶曲訪問
2020.10.16
2020 10月16日 フェニックス褶曲自主研修会より
南紀熊野ジオパーク 107ジオサイトの中でも現在 ダントツ問い合わせが多い場所です。
通常のビューポイントに行くにはミニミニ海峡を渡らなければなりません。
干潮時の絶好のタイミングには県内外からも見学に来られています。(入口がわかりにくいのですがね) 
魚付き保安林、打ち寄せる強弱の波、目前の固い岩が、布団のようにたたまれている。
凄い! 面白い! 
地球の芸術作品に見惚れ 圧倒され明日への活力も湧いてくるような。。
確かに 元気をもらえそうな。。w
すぐ目の前の小島には太公望の姿が(渡船利用)これからは 寒グレの季節だそうです。
(魚釣り体験も面白そうですね♪)

1.7年前 最初の訪問から  何度足を運んでも圧巻のフェニックス褶曲! 

2.すさみ町の面積は174.45平方㎞ 大地のでき方が非常に面白い!

3.町土の93%は林野で占められています

4.小さな小川を抜け 荒磯に降りてきたところ

5.ここ!ここ!ここが 渡る渡れないの ”ミニミニ海峡”

6.11月は数回行けるかも しかし12月は大潮でも厳しいかなぁ~;

7.お名前不明の生痕化石 潮がきらいなアラレタマキビ 「今日はお天気がいいね」

8.でっかいソファーベッドのような岩に集まり「はい ウィスキー♡」

9.まるで乳牛のおっぱいのような膨らみが!。。。

10.陸化してからはかなり崩落しています~

11.分厚い砂岩が粘土のようにグニュリとなっていますねーー

12.おやおや!順序良く積もった段階で、ズズーっとズレている個所見っけ!

13.この日は県外からも来訪されていました

14.マッターホルン見っけ⁉ w 近くの浜辺です♪ 

15.たくさんのキラキラ キラキラが 隠れている 

16.この花ご存じでしたか?。。。サツマイモの花です 結構 可愛いですね

17.小川沿いにぶっとい刺付きの木が! ミカンの木 鳥さんが運んできたのかなー それとも?

18.名古屋から「絶対!ここに行くんだ!」と言ってこられたファミリー チョコちゃんと

2020.10.16 14:33 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第31回 上秋津奇絶峡 巡検
2020.10.04
10月4日(日曜)第31回田辺市奇絶峡付近巡検より
川上神社から往復6㎞ウォークでした。
川上神社は以下、和歌山県神社庁 から詳細参考可能です。
https://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7015

昨今、この付近では
2019年7月28日斜面崩壊で通行止め
2020年3月27日から通行可能
2020年7月4日から強い雨が断続的に降り続き小規模斜面崩壊が発生している場所です
美味しく有名な上秋津特産のミカンの香りをお供に川中口発電所跡を見学
http://www.suiryoku.com/gal.../wakayama/kawnakg/kawnakg.html
その後、通称「奇絶峡」と呼ばれる不動(赤城)の滝から堂本画伯の原画「摩崖三尊大石仏」に到着
少し上流の東屋では昼食後にゴミ拾いと草木の整備作業も行い あれよあれよという間にすっきり仕上がりました。
この付近一帯の地層は、音無川層群上部層(羽六層上部)で、吉野熊野国立公園の一部にも指定されています
水路跡をたどりながら奇絶峡トンネル手前の堰堤跡まで歩を進めてきました
2018年11月30日の当会活動履歴も紹介させていただきます
http://tajiken.org/cafe/html/mon/201811-1.html

* とても参考になるサイト->> :上秋津愛郷会 上秋津(古老は語る)
https://aigoukai.akizuno.net/kamiakizu.html
https://akizuno.net/adata/korouwakataru/korou000.html

1.上秋津にもミカン農家さんが多い ミカンの種類は何かなー

2.古くは流鏑馬の行事もあったという元河上大明神・川上明神社

3.境内にはオガタマノキ・ヒイラギ・クスノキなどが顔を出しています

4.地理院地図にはまだ水路・発電所マークが残っています。

5.川中口発電所の歴史
川中口発電所は明治45年5月当時の有法により設立された「川中水電合資会社」を継承した「秋津用水力電気株式会社」により建設され、大正7年7月23日に出力120kwで運転を開始した。
川中口発電所の水路は急峻な岩山地形の中を約2.4kmにも及びその中でも岩山をくり貫いた素掘りのトンネル
や水路、谷に架けた水路橋など先人の苦労と忍耐力、エ事を完遂しようとする熱意を感じさせられる。
発電所本館取水口壤堤(取水ダム)それ以来「周参見川水力電気株式会社」「東邦電力株式会社」「関西配電株式会社」さらに昭和26年に「関西電力株式会社」とその所属は何度も変遷を繰り返しながらも、変わることなく自然エネルギーを有効利用して地元の地域を照らし続けるという使命を全うした。
運転開始 1918年(大正7年) 7月23日
認可出力 最大120ky
使用水量0.156 m3/s
有効落差95 45m
廃止年月2004年(平成16年) 2月3日
発階機型式 同期発電機
水車型式 フランシス水車


6.フランシス水車です

7.川中口水力発電所
明治四十四年3月、上秋津村 丸山源次郎、鈴木喜三郎の両氏は奇絶峡にベルトン式又はタービン式水車を設備して、精米と製粉事業を始めようとした。そして大正元年の12月、丸山氏他4名で川中水力電気合資会社を設立。電気事業法の許可を中請し、大正三年許可を受けた。その後、大正五年秋津川水電株式会社一(資本金5万円)は、その権利を継承して工事を行い、大正七年七月点灯を開始した。 出力は百六十キロワットで、上秋津.下秋津,稲成,万呂,三柄,長野,栗栖川,上芳養.高城.清:各村に配電された。この会社はそれから、周参見水力電気.東邦電力.関西電力などの各株式会社へと経営譲渡し、現在に至っている。奇絶峡整備委員会


8.運開当時使用されていた部品

9.20109年7月28日午後5時45分ごろ大規模な斜面崩壊が発生した場所 幸いにも人的被害なし

10.山のてっぺんに鷹ノ巣城跡あり 衣笠城城主愛洲八郎源経信七世の孫が南朝に味方して築く

10'.

11.水流が急に速くなる場所

12.地元S氏の説明に耳を傾けています

13.お馴染みの赤い橋は奇絶峡のシンボルになっている

14.不動明王を祭る不動滝は 赤城滝とも呼ばれます

15.堂本印象の魔崖三尊大石仏 近くまで行けます

16.寄り道組が数名いたので 全員集合ならず;

17.「今までこんなにゆっくり奇絶峡を楽しんだ事無かったよー!」(参加者の声より)

18.クイズ この砂と海側の砂とどのように違うかな? 

19.夏場はとても涼しく孫守りにちょうど良い場所です

20.この日の水量はそこそこ多い方でしたね 

21.あ!紅藻見っけ

22.摩崖三尊仏の一つをチラリと覗きながらウォーク

23.山口誓子の句碑「み仏の肩に秋日の手が置かれ」

24.まるで大男の足跡が残っているような大岩もあります 

25.これこれ! ・・・うーん 掘られた跡にも見えないことはないが・・・

26.この付近は役行者の修行の場だったらしい 修行者の中には焼石を喰う奇人も居たとか

27.天の岩戸に似た扉型の岩壁があるようですがどこだかわかりませんでした。

28.赤城の滝から少し上流のあづまやに到着 お弁当タイムはいくつになっても楽しい♪

29.食後は付近をボランティア清掃で身体を動かして気持ちの良い汗もかきかきくけこ

30.オーバーハングになった厚層砂岩の大岩に 水はけ用の管?がたくさん見える

31.昔この付近の石はお殿様の石塔に使われたので、ブランド石だったようですね

32.奇絶峡を過ぎて最初の橋の名前 地元の方々は「かわなかばし」と呼んでいます

33.橋を過ぎた川中にも大きな岩が転がっていました

34.川中口発電所が稼働していた時、ここにダムが造られていた

35.昔遊んだ羽つきの羽根のようなクサギの花と実 名前の割には可愛い♡

36.ヌルデの葉っぱと実 ハゼと同じ仲間なのでかぶれるようです

37.タデ科イヌタデ属のイシミカワよくよく見るとお皿の上に月見団子が乗っているような♡

2020.10.04 19:14 | 固定リンク | 研究会活動履歴
田ジ研自主研修 市江崎お地蔵さま・灯台・見晴台・泥ダイアピル
2020.09.17
 急遽決まった自主研修会です。メンバーから「白浜には12カ所のジオサイトがあるも、たった一つだけ行けてないのが市江崎の泥ダイアピル」と声が上がりました。  そこで、早々に参加者を募ったところ当初13名の手が挙がりました。ところが天気予報では連日の雨マークや個々の不都合で、当日は6名ドタキャン発生でした(近場で良かった;) 結局、行く気満々の7名の勢いが実施の後押しをする運びとなり、行程後半の磯観察まで何とか雨も降らず、事故ケガもなく無事観察会を終えることができました。 これはきっと!一番先に「市江のお地蔵さま」にお参りをしたご利益ではないかと、密かに胸で手を合わました。

ここにはジオ看板が設置されていないので、見学の方にはなかなか分かりにくい場所です。新第三紀の地層ですが、現在の磯の表面には、随分以前に積もっていた下の下の泥の層が、泥火山となり、上に積もっている地層に突き上がってきている様子が観察できるマニアックな場所です。 泥ダイアピルといいます。

※「ダイアピルとは、地下にある密度の小さい流体が、軽いために上の地層を貫いて上昇してつくる構造。このため周囲の地層は変形してしまいます。上昇してきた流体はマグマや、まだまだ固まっていない堆積物、岩塩などが一般的です。 市江崎の場合、田辺層群下部層の未固結時の泥岩が流体として上昇しました。(南紀熊野ジオパークガイド研修資料より)

近隣には白浜町権現崎(円月島近く)の足湯近くに泥岩岩脈があります。
    
https://nankikumanogeo.jp/geosite/%E7%99%BD%E6%B5%9C%E3%
81%AE%E6%B3%A5%E5%B2%A9%E5%B2%A9%E8%84%88/ 
又、田辺市新庄町「鳥ノ巣半島の泥岩岩脈」は、昭和13年国指定天然記念物になっています。
http://tajiken.org/cafe/html/mon/201809-1.html


1.今回は黄色のルート 漁港から約2㎞弱くらい歩いたかなぁ~ 

2.カラスが電線に止まっているのは見かけた事がありますが、トンビの群れはありません。

3.市江崎お地蔵さまへの上り坂入り口の碑「市江急傾斜地崩壊対策工事記念」

4.年金・・おっと!粘菌だった

5.急斜面の坂道ではないが結構息切れする

6.全身まっかっかなカニさん ベンケイガ二でしょうか?

7.この石垣は丁寧に整えながら積み上げられていますね

8.市江崎灯台の説明 クイズです 1カンデラってどれくらいの明るさでしょうか?

9.大正10年に建てられたコンクリート作りです 

10.お!右からの読みですね

11.昔は担当者が常駐していたようです。近くの平地にはイモ畑の跡地も

12.てっぺんの風見鶏には東西の表記が見えますね(東の文字はどっち向いて止まっても東?)

13.スズメバチの立派な巣にびっくり仰天! 忙しそうに蜂が出たり入ったり 早々に離れましょ!

14.灯台の建物前にはソーラーパネルが! さすが関〇電力かな?

15.現在、神社の名前を調査中

16.見晴らし台に到着! 向かいの海岸段丘の崖には、洞窟崩壊跡らしき形が残っている

17.田辺ジオパーク研究会のオリジナルTシャツを上手に作られています♪

18.こじんまりとした小さな港ですが沢山の漁船が停泊していました。

19.画像真ん中の右下にピンク色に写っているのが、石英質砂岩からなる小規模な円筒状の岩脈

20.これからあの磯のところまで下りていきまーす!

21.「ちょっと待っててくださーい!」「滑らんから大丈夫やでー」

22.崖側にも痛々しい傷跡が! ♪あなたは 稲妻のようぅに ・・

23.太っ腹の砂岩脈も出てきていますね

24.大きなマツバガイ

25.? ? どなたかご教示お願いします

26.泥岩の中に砂岩岩脈も突っ切ってきています

27.帰りは少し雨の中 朝の9時前から12時まで参加者はご機嫌麗しく過ごしました

28.反省・気づき・課題タイムは全員天ざる注文♪ おいしかったー。今日も有意義な一日でした(^^♪

2020.09.17 11:49 | 固定リンク | 研究会活動履歴
田ジ研自主研修 生石ヶ峰散策・あらぎ島・その他
2020.09.13
2020 0913 田ジ研の久しぶりの自主研修です。8:30 みなべ町役場に集合、少し、雨っぽい日和でしたが、昼間はたまに日が射す天気で雨には降られずラッキーな一日になりました。ここは紀伊半島の西部の三波川変成帯の最南部分(御荷鉾緑色岩類・生石層)になります。今回は超お元気な女性陣5名と男性2名のグループになりました。勿論、ススキの高原ですからススキはあるのですが、石の観察がメーン、一等三角点のある生石ヶ峰山頂まで一気に歩き、希望者のみでしょうせき(生石)神社まで往復(女性陣は元気!)。ここのご神体である岸壁は直登だと50メートルはあろうかという石英片岩の壁です。ジオサイトとすれば抜群の場所です。これを見ると、生石山には巨大な(石英)片岩の岩盤が埋まっているのだろうか。しっかりとお参りしてから、生石ヶ峰山頂まで汗だくでとんぼ帰り、山の家「おいし」でビールとともに昼食、その後、あらぎ島を見学、田んぼオーナーは最近のウンカ被害で大変ご苦労の様子でした。一転、気分を変えて巨峰村を訪問、何やらわからん ぶどう狩りのシステムを聞き、最安値の800円でぶどうひと房を買って食べて(食べ切れなかったけど)一時間ほどでサヨナラしました。17:00にみなべ町役場に無事帰還、楽しい一日でありました。


「雷様が光る度に短い停電が繰り返され 明るみ始めても豪雨は続いていた9/13。下界とは5~6度低いという標高870m生石高原の冷雨を浴びに 出て行くぞっと武者震い(豪雨は人をキリリとさせる)走り着けば嘘のように雨上がる。車中はもっぱら雨女、晴れ女の話(何の根拠もないが当たるらしい?) 高原を一行が歩く間だけ、雲海の光の間から、里 川 海が垣間見えた。時折チラリと見せてくれる下界は出し惜しみしてる分「またおいでよ」と神話の世界の物語に誘うようだった。辺りを歩くのは風神?雷神? 低圧縮されたという三波川変成帯の一億年以上前の、年輪状の??岩。すべすべなのに持ち重りのする??岩。持って帰りたいなの縞模様みごとな石英岩。  すすきのはらのその道の脇の彩り、おみなえしの背高黄色、キツネノボタンの鮮やかな黄色も。蓼のピンクと五弁(7ミリ大)の濃ピンク。野バラの白と青紫と黄おしべの露草。地面師地学に地味なホトトギスの群生。 これが白亜紀の作った草花か と勝手に関心する。 涼風がすすきの花(黄色)を咲かせる10月は夕焼けなど必要ないあたり一面の黄金の世界とか。
 
 三波川変成帯を行く三婆 否 五婆だね(この日の女性メンバーは5人)と冗談を言いつつ リーダーは常に婆たちを気遣ってくれる。高原の道で出会う 近くの別荘地に住むという見知らぬ人との挨拶には直径1㌢以上のダニ(タカサゴキララマダニ)もおまけに付いた。H先輩の目のすごさビックリポン!  巨岩をご神体にした霧と風の気配は太古の美しさと恐さを教えてくれる豊かな旅でした。山のチャーハン うどんは
berry good!! May peace prevail on earth でした。 」 K・K氏感想


1.今回は生石(しょうせき)神社まで。神社の岩盤は圧巻。

2.産総研の地質図より。1953年の作。qsは石英片岩。あらぎ島は高野街道・龍神街道の
分岐点になります

3.三波川変成帯の結晶片岩

5.   同じ

6.頂上の笠石 東側一部

7.今日はのんびりのんびり歩きます

8.晴天時は六甲や淡路、四国も見渡せるらしい

10.幾重にも押されてできた特徴が見えます

11.ここは一等三角点 素晴らしいパノラマです

12.またまた忘れないうちに記念写真を

13.ピンク色のグラデーション入りがとても可愛いかった

14.ホトトギス蒼天らしい

14'.ご存じツユクサ

15.こんな塊は紀伊半島南部では見当たりません

16.生石神社ご神体は石英片岩

17.高さ50メートルの巨岩のご神体は圧巻です

18.そりゃー 先人たちはお山の中に突然このような巨岩を見つければ仰天するでしょう

19.また、いつか会いに来れますように

19'歴史の古い神社ですね

20.私たちには珍しい岩体でーす

20'これこれ! これが今回の話題提供生物 タカサゴキララマダニ!

21.女番長シリーズ?!(あら!おっほー‼ 話が分かる女性軍団ですが)

22.「高所恐怖症」と自己申告するけれど・・・やっぱりムードメーカーだワン♡

23.二川ダムに架かる蔵王橋 幅が広いので2人横並びでも通れるくらい

23'少しは揺れますよー でも大丈夫です! 私でも渡れましたから♪

24.日本百選の棚田にも選ばれている 「あらぎ島の棚田」

24' 高野街道、龍神街道分峡点
・高野街道
大阪方面から紀ノ川を通って高野山へ至る参詣道が高野街道
として有名ですが四国、有田方面からこの地を通って高野山へ行く道も高野街道の一つで、弘法大師が高野山に至ったルートとでもあるとみられており、この街道沿いには弘法大師伝説が多数残されています。また、高野僧の修験道でもあり高野山への物資調達の為の重要な道でした。
・龍神街道
紀州徳川の初代城主 徳川頼宣公が龍神温泉へ湯治に通った道で、和歌山城から龍神温泉への最短コースであり、この地は街道のちょうど中間に位置します.また、この地の住民にとって塩さばなどの食料品を運んだ重要な生活道でもあり「さば街道」とも呼ばれていました。
平成二十三年十一月吉日 清水中央商店会

25.閉めは3時のおやつを兼ねてブドウ狩り 巨峰の一房で十分でした

26. 参考:西南日本の地質

2020.09.13 10:46 | 固定リンク | 研究会活動履歴

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