田辺ジオパーク研究会一周年記念講演会(含む「田辺おもろいとこ」
2016.02.21
鈴木博之先生講演会無事終了しました。
前半は少々専門的内容でしたが、後半の「さざれ石」の仮説レクチャータイムは、参加者からも興味津々の声が漏れるほど、リラックス気分となって
自然に盛り上がり、終了時間が(^_-) アップ用画像は沢山あるのですが・・
最後に、「田辺おもろいとこ(ジオサイト)」というお題で2016/02までに田辺市内で巡検ポイントを紹介しました。



















最後に、「田辺市おもろいとこ(ジオサイト)」というテーマで1年間の記録を
発表いたしました。












































































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2016.02.21 14:47 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第9回 奇絶峡(音無川層群の上部羽六累層上部層)と龍神山
2016.01.23
2016.1.23
奇絶峡(きぜっきょう)~龍神山(りゅうぜんさん)と龍神宮
1. 奇絶峡、2015年9月吉野熊野国立公園拡張指定域の奇絶峡は、田辺藩主の安藤帯刀直次や紀伊候頼宜の石塔にこの辺りの石が切り出されたことで有名になり、国学者等の来峡が奇絶峡の発祥となっている。この音無川層群上部羽六(はろく)層は、約6000万年前に海溝の海底扇状地で、混濁流や海底土石流の堆積物からなる。全体として上方に厚層化・粗粒化する。下部の瓜谷層と合わせると層厚2,300㎞に達する四万十付加体の代表的な地層である。明治40年巨礫が転がるこの附近に桜や紅葉の植樹を行い、更に昭和5年に発足した奇絶峡整備委員会が現存している。田辺を代表する市民の憩いの場となっている。
2. 龍神山(りゅうぜんさん)、奇絶峡から表参道登山口まで車移動し、冷たい空気の中、約1時間のハイキングを楽しんだ。龍神宮までの途中、第一展望岩で紀伊水道を望みながらの昼食と、椿~富田~白浜~田辺湾~みなべ町に至る隆起・沈降の地形について中屋先生から説明を頂いた。
晴れた日には紀伊水道を挟み徳島の山姿が眺められる。標高496mの山頂付近にある龍神宮(りゅうじんぐう)ご神木のウバメガシは樹齢400年と解説されている。すぐ側にある池は山の頂上付近にありながらも地下からの湧き水の為、渇水することは殆どないようである。 16:00解散







































2016.01.23 14:53 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第8回 中辺路高原から栗栖川段丘確認~峰から2011年紀伊半島大水害崩落
2015.12.19
2015.12.19
高原~栗栖川河岸段丘~峰集落(2011年斜面崩壊発生地を見学)~滝尻~栗栖川北郡(ほくそぎ)亀甲石含有層(牟婁層群)

大塔行政局から先ず中辺路高原(たかはら)に向かう。ここは近露スラスト(高原向斜)上に集落があり、近年では霧の郷と呼ばれ素晴らしく見晴らしの良い場所である。大塔山・果無山脈の稜線を一通り眺めた後、栗栖川河岸段丘を見渡せる箇所まで降りる。
富田川を挟んだ対岸の栗栖川河岸段丘は、山地が隆起し段丘面の閑析がすすみ平坦な地形が削られ崩れているようだ。中段と下段は富田川の流路に沿って発達する階段状の地形となっている。続いて峰の集落に移動2011年台風12号時に発生した大規模斜面崩壊の様子が目の当たりに見える所で中屋先生レクチャーを受ける。この時の住民の方が「1週間前からゴーゴーと音が鳴り地響きもして柱にしがみついて生きた心地がせなんだよォ~」と話された。木々には濃い目の筋目が見えるが、その下の岩盤は既に斜面崩壊を起こしている。
滝尻資料館では昼食後、午後からは吉松先生にバトンタッチレクチャー頂き、四万十帯牟婁層群、待望の亀甲石含有層に車を走らせる。林道から降りると直ぐに足元には何らかの生痕化石のかけらがあちこちに散らばっている。田辺市文化財第51号(2015年3月発刊)P10③に北郡の亀甲石が紹介されている。「昭和8年頃、地元の人が専門家の鑑定を求め奔走・・・京都帝国大学の小川琢治博士(田辺市出身名誉市民)も珍奇なもので何物とも言えず、さらに調査すべく現場の保存を望まれた・・・」。谷の間を縫って参加者が黙々と上って行くが、歓声が上がる度に足場の悪い斜面を降りたり登ったりするメンバーも(笑)。暫し、時を経つのも忘れ、このミステリーサークルにはまり込んだ一日だった。16:30解散




























2015.12.19 23:56 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第7回 龍神村小森谷渓谷~姶良火山灰層(谷中・さいの谷)~日高川檜皮の滝
2015.11.21
第7回 龍神村小森谷渓谷~姶良火山灰層(谷中・さいの谷)~日高川檜皮の滝巡検

<巡検行程・内容>

晴天に恵まれて龍神村柳瀬に集合、乗り合わせて先ず、小森谷へ。元森林鉄道跡の遊歩道を歩き、赤壺、白壺を見学。樹木がかなり生い茂り、部分的にしか俯瞰できなかったが、龍神・美山付加コンプレックスの層序(チャート等)を実感した。
伝説によると、お万という女性がこの辺りではヒロインになるが、源平合戦に敗れて龍神まで逃れてきた平家の平維盛との恋の成就がかなわず、身を投げたという「お万が淵」には時間的に不達となり、別機会に再度挑戦することとした。小森谷入り口付近にて昼食。三つ又経由で次の巡検サイトの丹生の川の 字「谷口」の通称「さいの谷」へ行く。
「さいの谷」では、公共工事で山が切り取られ、中屋先生によると、山肌は切り取り工事のあとにはコンクリートによる吹き付け工事がされるから、今が最良の時と教えて頂き、山肌の姶良火山灰堆積地を観察した。噴火当時には、当該地域に降った灰などが、川底に堆積したものであるが、現在の川底よりかなり高い場所に存在しているので、現地は隆起しているということである。さいの谷を後にし、丹生の川の殿原の環流丘陵を横目に、檜皮の滝に到着・観察。ここは、その昔日高川の筏の難所であったところである。川の両側に檜皮のようにごつごつした岩が林立している。このあたりには極端な穿入蛇行が発達しており、檜皮の滝あたりでは右岸の隆起が激しいそうである。音無川層群の層序の説明を受けた。谷間のため寒気が強くなる中、ここの蛇行を観察しながら柳瀬に帰還、帰途についた。
東西から押される力と南から押される力が加わり、紀伊半島は隆起活動を継続し、その合間を縫って日高川の穿入蛇行(曲流)と河岸段丘が発達し、椿山(つばやま)ダムを筆頭に水力発電サイトが多数あるのが特徴である。これらは、戦前のものもあれば椿山ダムのように戦後に建設されたものもある。

*音無川層群の褶曲巡検は2016.08.28 第12回 中辺路町 果無山脈褶曲と断層破砕帯等見学会
を参照ください。





























2015.11.21 00:01 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第6回 百間山渓谷巡り(犬落ちの滝まで)
2015.10.17
2015年10月17日
晴天の中、大塔行政局に集合。各自乗り合いにて百間山渓谷巡検に出発
した。百間山は牟婁層群のほぼ中央に座し、百間山渓谷には豊富な滝・淵・
奇岩・甌穴その他うっそうとした原生林が存在する。
渓谷入り口より順番に桃太郎滝・かやの滝・ふたおい釜・藤の中道・難渋の壺
・雨乞いの滝・三十三尋の壺・犬落ちの滝・とちのきの巨木等を堪能し、帰り
は渓谷入り口へのバイパス道にて岐路についた。釜王の釜は健脚向きというこ
となので不達であった。入り口あたりは2011年の大水害の名残はあまり無くほ
ぼ修復され、広場とトイレが新しくなっていた。












2015.10.17 00:03 | 固定リンク | 研究会活動履歴

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