第28回 串本&古座川周辺 GPセンターその他 巡検
2019.09.22
2019 09/22 台風17号の影響でしょうが、天候がいまいちでしたが、約16名の参加にて第28回串本~古座川方面巡検の運びとなりました。

<予定時間>
8:30  西牟婁振興局 第一集合場所
    ↓
9:00  すさみ道の駅 第二集合場所
    ↓
9:50  南紀熊野ジオパークセンター 
    ↓
10:30  佐向様別宅 化石見学(車移動約5分)
    ↓  
12:10  水門まつりin昼食
    ↓
13:10  高池の虫食い岩&クマノザクラ 標本木見学
    ↓
14:00  滝の拝見学
    ↓  
15:00  一枚岩・天柱岩(てんちゅうがん)別名・薬研岩(やげんいわ)
    ↓  一部の人は光泉寺子授け銀杏の見学
15:30  解散 すさみ道の駅

今年、7月に開館した南紀熊野ジオパークセンターは流石にみなさん短時間の見学でスルーでしたね。南紀熊野ジオパークセンター見学後、本日のメイン行事の1つ、潮岬の佐向氏別宅を訪問、先カンブリア紀のものから始まる世界の化石コレクションと、口熊野・奥熊野の化石コレクションを見学させていただきました。個人としては物凄いコレクションと思います。思わず、’すごいなぁ’という言葉がもれていました。 レストラン「水門まつり」で昼食(マグロカツ定食等)を食べた後、あいにくの風雨の中、「高池の虫喰岩」(新第三紀の流紋岩質火砕風化岩)、新種のクマノザクラ標本木、「滝の拝」(新第三紀の熊野層群熱水変質岩とポットホール)、1500万年前の熊野カルデラのシンボルの「一枚岩」(新第三紀の流紋岩質火砕岩)と「天柱岩(てんちゅうがん)」(新第三紀の流紋岩質火砕岩(花崗斑岩))などを見学しました。天柱岩の前で、解散、一部の人たちは和深に抜ける途中の光泉寺子授け銀杏を見学したようです。不安定な空模様も気にしないぐらい参加者全員大満足の一日となりました。

1.南紀熊野ジオパークセンター 記念写真はやはりここですね

2.今年7月にオープン 眼下には太平洋の大海原が 地球は丸い!

3.凄い!!博物館以上の展示物に驚きです

4.収集歴は約50年間だそうですが・・・(言葉が出ないくらい感動)

5.異口同音に「凄い!凄い!」が聞こえてきました

6.

7.ウミユリ化石前で足が動かない

8.おー!天井の梁がこれまた凄い! 

9.展示ケースも手作りとは・・言葉がでない・・

10.何だかんだと小一時間のお邪魔になってしまいました S様有難うございました♡

11.大小さまざなな化石 一体何種類あるのでしょう

12.地元の化石も所狭しと並んでいます

13.南紀熊野ジオパークエリアの人気メニュー「まぐろドン(丼)」

14.国指定天然記念物「高池の虫喰い岩」の横顔^^!

15.自然が創った芸術作品 私には二人の人面岩に見えますが・・☆彡

16.原理の一例としてはわかりますが、蜂の巣状になるのはよくわかりません。

17.その昔から話題になっていた桜です 命名「クマノザクラ」

18.標本木の保護活動が始まりました

19.古座川支流の小川の奥のジオサイト「滝の拝」

20.ボウズハゼの遡上で有名な場所 「ダーウィンが来た」で放映された場所 

21.一枚岩の出来方説明(読みづらい;;)

22.その名の通りデッカイ岩体

23.高さは100m 幅500mの巨岩

24.ご当地出身のI氏は「夏に ここへよう遊びにきたよ 懐かしい」って

25.いつもは撮り忘れる記念写真 今回は雨降りのお蔭でか(w)ここでもパシャリ!

26.これが天柱岩 う~ん・・やはり存在感がありますね! 霧の中から浮かんで!

27.子授けイチョウで有名な光泉寺 早くも実がポツポツ落ちている!?

28.古座川町の文化財に指定されています














2019.09.22 08:50 | 固定リンク | 研究会活動履歴
田ジ研自主研修 みなべ町・清川石探索・その他
2019.08.17
田ジ研自主研修 みなべ町・清川石探索・その他

9:00  みなべ町・軽井川集合
9:30  清川石・元採掘場へ
10:20 現地到着
10:40 退却
11:10 現地農家訪問
11:30 ボルダリングウオール着 昼食兼ボルダリング試技
12:50 名之内に移動・清川石探索も見つからず
13:20 埴田(はねだ)に移動
13:40 不整合の観察・安山岩の貫入サイトの見学
14:30 解散

台風10号一過の晴天、とても暑い一日となりましたが、今回は地元の方々のご協力によりみなべ町の清川石を重点的に、点在するサイト観察の自主研修会となりました。「清川石」は南部川の上流・清川山中から切り出された岩石で、ジオ用語でいうと、中生代白亜紀日高川層群の龍神層(元和歌山大学教授の原田哲朗氏のいう丹生ノ川累層、約6500万年以上前の地層)から産出する岩石です。その正体は、火成岩の一種である「超塩基性」の「角礫状蛇紋岩」だといわれています。採掘場へ向かう道はいくつかあったようですが、いったん現場近く終点地点から少し山を登り、そこから急な崖を降りて行くことになりました。元採掘場には、ズリだけかなと思いましたが、結構採掘すればまだ存在するような感じです。ひとしきり、楽しんだ後、採掘場を後にしました。案内いただいた地元K氏によると清川石はこことイタリアの某所しか発見されていないとのことでした。(某所の場所は不明)
現地の農家B氏宅では清川石の盆石・水石を拝見させていただきました。
昼食はボルダリングを試技しながら、楽しみました。身体が重たーいと言いながらそれぞれ堪能した模様。垂直部分は案外簡単だが、いろいろコツがあるようですね。
名之内というところでも清川石を探索しましたが、わからず退却。
W氏のお勧めの埴田(はねだ)に移動し、不整合と安山岩の貫入しているというサイトを観察しました。左右にある田辺層群の隙間に噴出したマグマが短時間で冷やされて固まることによって形成された火成岩の一種である「安山岩」が入り込んでいる様子がはっきりと見てとれました。和歌山県にぽつぽつある温泉とこの安山岩は関係あるかもしれません。

2019 10/19 追記です。貫入安山岩に関して調べていくといくつかの論文があり、ひとつには https://www.jstage.jst.go.jp/article/gkk/34/1/34_1_15/_pdf
     紀伊半島大峯花こう岩質岩から見いだされたMgに富む火成包有物
”洞川岩体の貫入と時空的に近接して高Mg安山岩マグマの活動があったことを示す。これまでも西南日本外帯から散点的に高Mg安山岩組成の火成岩の存在が知られていた。紀伊半島の西南部和歌山県日高町南部郡埴田,龍神村大熊,有田郡清水町清水からは高Mg安山岩の岩脈の報告がある (Fig. 1; 三宅,1985)。”とあります。実際にY氏の助力もいただき現地のひとつ大熊に行ってみました。ここは地質図からは、スラストに沿って貫入している模様であり、3写真を追記掲載しておきます。(写真29,30,31)

1. みなべ川の上流に沿って走ります

2. 清川公民館前の広場に集合 「なんだ なんだ」

3. メンバー持参の清川石は渋い赤色

4. ここから狭い山道に入る

5. 倒木もマンパワーでなんのその

6. 山頂から下りながら元砕石場を目指す 結構 急こう配だった

7. あ!あれだ 見るからに もこもこ感の妖しい岩壁が

8. どこに行っても迷わなさそうな面々

9. その昔の採石場の名残りが漂っている

10. 角礫が含まれている清川石

11. 角礫が少ない

12. 20年前まで砕石の仕事をされていたK氏と3名の地元メンバーにフォローされ

13. 和歌山の北側の石と 中間位置の石と

14. 厚かましく突然の訪問 おまけに靴まで脱いでお邪魔致しました 

15. 立派な鹿の角 B氏手作りですって!

16. こちらもお手製の水石 磨く作業はかなりしんどそう

17. 紙やすりで磨くらしい

18. 美しい光沢が出ていますが画像ではイマイチ;

19. 頂戴しました! 今後の出展時にお披露目ですねw

20. 勿論 初心者向きのウォールから

21. カラフルなクライミングホールドは、まるで宇宙の星のようだ

22. BとCは上級者向き 指先はもう無理だァ;;

23. 栗まんじゅうのようなデッカイ梅干し 一粒 いくら?

24. 足元にも注意しながらゆっくりと進む

25. 下部は田辺層群の基底礫岩層

26. このあたりは海岸に近い場所

27. 今回の講師はメンバーのW氏

28. 両端は田辺層群 真ん中に石が積んでいるように見えるのが火成岩 
   ※参考資料https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc1893/91/8/91_8_573/_article/-char/ja/土台は音無川層群記述あり

29.

30.

31.




2019.08.17 19:32 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第27回 大塔村 木守風穴 巡検
2019.07.15
第27回 大塔村 木守風穴 巡検

7月15日(月)海の日、たまたま雨なしの梅雨の中休みの感でしたが、田ジ研の公式巡検でした。今回は、旧大塔村・木守地区の風穴観察会です。別の風穴愛好グループ(若者中心)との合同で、総勢23名になりました。8時半に旧大塔行政局に集合、5,6台に乗り合わせ木守地区に出発です。今回は371号線が不通のため、林道大熊線を利用、三豊神社の三叉路より大熊集落を経由し、赤土森山、板立峠を経て木守地区に入りました。素盞嗚(すさのお)神社前の広場にて準備、30分くらいのゆっくりの歩程で登り、全員風穴の観察を行いました。今回は夏場なので冷気が勢いよく吹き出しているのが観察できました。穴の前でタバコを吹かしてもらうと煙が流れるのがよくわかります。この風穴は夏場の巡検は初めてですが、この下にいると冷気が降りてきて涼しく感じるのが良くわかります。風穴を見つける一つの経験値でしょうか、冷房の無い昔のひとたちはこういう感覚に敏感だったのかもしれません。
2018年2月の冬場に来た時は、風が吹き込んでいましたから、これが風穴の不思議さです。今回、吹き出ている空気の温度は13度Cでした。2018年2月には外気が吸入されているので、当然温度は外気温になります。どのような論理性が考えられるか考えてみてください。この風穴はどこに通じているのかまだ不明らしいですが、全員堪能して下山し、神社前にてランチ&休憩、巨大な蛭がいたので名前をつけたり、塩をつけるとどうなるか等、いろいろ観察し、楽しめたようです。蛭くんにはかわいそうでしたが、、、、。午後は地元のY氏の紹介で入道山の麓、前ノ川にあったという火力発電所跡を訪問いたしました。Y氏によると、火力源は木材で製材をおこなっていたという。今回は対岸なので、橋もなく渡ることはできず、見たところかなり広い場所で川に沿った石垣もしっかりと作られています。前ノ川に沿って奥の方に道の跡があり、木馬(きんま)道があったようです。詳細観察は次回ということにして、来た林道を戻り百間(ひゃっけん)渓谷の巨大崩壊跡を見学いたしました。今回は、特別許可をいただき途中の堰堤が観察できるところまで入り、崩壊の巨大さを実感できました。16時ごろ、全員無事大塔行政局に帰還し、今回の巡検を終了いたしました。少しの雨がありましたが、ラッキーな巡検日和でした。お疲れ様でした。

和歌山県の風穴情報:ご参考に
1 高野風穴(高野山町)
2 龍門山風穴(紀の川市)
3 熊野風穴(日置川町)
4 上秋津風穴(田辺市 上秋津)
5 長野風穴(田辺市 長野)
6 木守風穴(田辺市 大塔)
7 口高田、相賀(おうが)(新宮市) 詳細一部は熊野誌30号 p230~233参照

1.先ずはA地点の風穴⇒B前の川上流の火力発電所跡地⇒C熊野(いや)の崩壊現場へ

2.平成生まれも参加 さすがのパワー(w) 

3.ジョーダンのジョニー 面白いネーミング!これがイチオシヒル対策らしい

4.素戔嗚神社前から15分の歩程とは言うけれど・・・

5.最初の坂道。既に若者は登り切っています

6.お堂は無いがお墓の横を通り抜けて

7.不思議な建物 ここでも神仏習合か?

8.これ何? どれどれ どこどこ? なになに何?!

9.見るからに怪しいキノコ 勿論、触れない

10.ガサガサと動いていたのは小さな赤ちゃん「アカハライモリ」さん

11.足元を気をつけながら道なき道を斜めに登る

12.もうすぐ! 大きく垂直な岩が見えて来た

13.ここ! ここです! ヤレヤレ;(やはり所要時間は倍の30分以上)

14.一人づつロープ伝いに風穴の入口まで

15.今回一番心配されていたM氏は、な!なんと余裕のポーズ

16.同じくいじられキャラのHは、穴の中で天然エアコンを体感 温度差で眼鏡が曇った

17.冷気が噴き出しています。かなり強い!

18.この辺りは木々が折れるくらい風が舞っているようだ !? それにしても涼しい!

19.かなりな勢いで風が吹き出しているのがよくわかりますね

20.入口は細身の人なら歩伏前進で中まで行けそうだが、斜めに下降している

21.さあ!今日の第1ミッション終了 ゆっくり気を付けて降りましょう!

22.「心のふる里」田辺市大塔村木守は その昔は都の木守と呼ばれていたようです

23.素戔嗚神社のお社正面の家紋は🥒胡瓜の輪切りです。

24.このもこもこした山が入道山。左への尾根続きに法師山があります。

25.昼食タイムはやっぱり楽しぃ! 神社前の清水で手を洗う「!ひやこい」

26.この神社の両サイドにはメタセコイアがあります。右サイドのは成長がよくない。

27.ヒルが何かを感じてグイーンと伸びて来た 思わず手ブレに

28.こんなにでっかいヒルを見たのは全員お初でビックラポン!

29.ヒル観察中 暫くコンクリート上でにらめっこ 木酢液を近づけると嫌がり逃げる 

30.撮り忘れしないうちに集合写真パチリ

31.今回は平均年齢グッと下がりましたw

32.その昔 火力発電所だったところ 石垣はまだしっかりと残っています

33.美しい水の流れに暫し足が止まる 紀伊半島 日本 地球は栄養満点!

34.国蔵峠のお地蔵さん 百間と木守を最短コースで行ける峠道

35.2011年紀伊半島大水害の大規模崩壊地 まだまだ工事中

36.シマシマ模様の堆積岩 

37.大塔村史より 32の発電所の紹介です。
前ノ川上流域の大塔山開発のため明治32年(1899)奈良県の植田理太郎が当時としては近代的な製板所を計画した(面積約4500㎡)。「蒸気動力でおさ鋸盤二台と、大割と枕木製材を兼ねた丸鋸盤一台を動かすことになっていた。」(「和歌山県木材史」)。大塔山(大正四年測量、日本製材株式会社所有林七九三二町二歩)にて伐採した材木は、工場付近まで流送した。オサノコ(竪鋸機)はノコギリ歯を縦に取り付け上下運動をする縦挽きで、大割や板を挽くノコギリ。丸(円)ノコギリ盤は60インチ(約152㎝)以下各種の円鋼板のノコギリで、回転運動にて有効半径より細い材木を挽くノコギリ。村内の工場では水車動力が多い中、この工場は蒸気動力を使用する。また、火力発電をして電灯·私設電話を架設していた(『大塔村誌』)。創業者の事業を引き継いだ、日本製材株式会社木守出張所工場前にて、明治40年の山祭当日の写真には、電柱や製品運搬の軽便軌道(五味の念土口まで約5キロ)と軌動車が写る。
2019.07.15 00:38 | 固定リンク | 研究会活動履歴

- CafeNote -