第32回 友ヶ島 巡検
2020.11.01
2020.11.1 第32回友ヶ島巡検報告

友ヶ島は紀淡海峡に浮かぶ沖ノ島、地の島、神島、虎島の4つの島の総称。  明治政府が紀淡海峡防備のため、由良地区(淡路島)、友ヶ島・加太・深山地区(和歌山市)に築造した由良要塞の要所です。 灯台や砲台跡(第1~第5)が観光資源にもなっているので、県内外からも多く見学に訪れる無人島です。瀬戸内海国立公園の一部にも指定されています。

7:05 田辺出発→8:45 加太港到着 →10:00 友ヶ島フェリー乗船10:20沖ノ島上陸 → 野奈浦広場 →  第2砲台跡 → 孝助松海岸 → 友ヶ島灯台 → 子午線広場 → 第3砲台跡 → タカノス山展望台 → 海の家 15:30フェリー乗船 → 17:45田辺着解散

以前より淡路島近く、友ヶ島巡検の声が上がっていたところ、11月1日灯台の日に合わせて日程調整を行ってきましたが、やはり様々なイベントも中止せざるを得ないコロナ禍の中、今年の友ヶ島灯台も残念ながら一般公開は叶いませんでした。 

心地よい空気と晴天に恵まれた絶好のお日和。 
フェリー出発までの間、本日のルートや友ヶ島の特徴、歴史=戦争、海の恵み、地層、津波等の概略を吉松敏隆氏(南紀熊野ジオパーク推進協議会学術専門員)より説明を頂きました。 事前の行程では、10:00往路乗船 13:30復路乗船となっていましたが、これではあまりにも忙しすぎるので、復路乗船を先ずは14:30更に15:30に変更しました。 が、それでも今回は沖ノ島の西側のみの探訪となり、東側の虎島(とらしま)手前、閼伽井(あかい=江戸前期の儒者李梅渓の寛文9年に刻んだ厳額に記述されている場所)の碑までは、タイムオーバーの為、進むことが出来ませんでした。 戻りは行きかう小さな漁船を横目に、少々離れがたき想いで島を後にしました。 友ヶ島灯台は、例年5月と11月に一般公開されているようなので、コロナ禍終息の兆しを期待しながら来年5月の干潮時の再訪を楽しみの一つとしておきます。

友ヶ島の地層は当日頂いた資料参照。上部白亜系和泉層群友ヶ島累層(和泉山脈西部から淡路島南部の地質概略図)。 地質的には、砂岩、砂岩・泥岩互層、泥岩及び礫岩(この場合の礫岩は酸性火山岩の流紋岩が多いのが特徴)のようです。ここはフリッシュ層(=タービダイト→出来た場所が違う)と呼ばれています。 南紀熊野ジオパークでも美しい整列で有名なタービダイト(和深のタービダイト)もあります。 上陸した沖ノ島西側の孝助松海岸磯では、友ヶ島累層下部層の観察となりました(潮時がイマイチだったので今回はアマモ化石にも会えず;)。 つまり、内帯側起源の堆積物ということです。

早朝7時集合にもかかわらず大半の参加者が6時40分迄に到着。今回の保険代・交通費・乗船代等、分担しながら手際よく徴収後、ほぼ予定通りに出発することが出来ました。 往路は約1時間40分で加太港第一駐車場へ。片道約20分の巡航は、船酔いしやすい私にとってはマアマアの所要時間ですね。(文責H)

1.加太港~沖ノ島運航コース 晴れでも波が高いと欠航も(前日が欠航だったような)

2.乗船前に本日のコースと見どころ等を吉松先生から説明頂く

3.9時前には桟橋駐車場に到着 が、余裕をもって10:00発に乗船

4.忘れないうちに先ずは記念写真 飛びこみメンバーともうまく合流できたー♪

5.・・・おそらく台風の影響で何かがぶつかったのでしょうね

6.砂岩・礫岩の堆積の様子を丁寧に受講

7.友ヶ島の形成の様子について ジオの入口メンバーには???w w w

8.大昔の断層の方向と中央構造線の出来初めの頃「分からんけど そうなんやー」ってw

9.たった一つのレストラン この建物自体はそうそう古くなさそう

10.今までジオには興味なかったメンバーも見方について徐々に興味津々にw

11.沢山の資料をご準備頂きました

12.厚層砂岩の中に・・・何やら怪しい生痕化石が   一体何モンなんやろか

13.第2砲台跡地 終戦時、以後の使用を禁ずる意図で爆破されている

14.明治1889年陸軍が淡路の由良から友ヶ島・加太の紀淡海峡地区に砲台群を建設した

15.しっかりしたレンガ造りは異国情緒溢れている

16.孝助松海岸 1853年ペリー提督が来た翌年勝海舟がこの海岸を訪れたそうな

17.このあたりが友ヶ島下部層の様子がわかる場所 内帯側関連の礫ばかり

18.結構大きいと思えるヤッコカンザシ管状の巣化石 

19.上部白亜系和泉層群 中生代白亜紀後期に形成された

20.角が削られた大小の石が磯の全体を占めています

21.びっしり礫がはまり込んでいるこの転石は画像左側が下部だった様子がわかる

22.よっこいしょ! 見晴らしの良い第1砲台跡に到着 

23.コロナ禍の時代でなければ灯台の日に因み内部見学もできていたのですが・・・

24.そんな残念な気持ちを吹っ飛ばすように はい!パワフルポーズ♪

25.今度は紀淡海峡と淡路島をバックに 「はい!チーズ チーズ」笑

26.これこれ!海流の移動に合わせて小舟を見事に操り小鯛漁中 見ごたえあり!

27.逆光だったけれど子午線最南端に近い場所で 「はい! 1+1はーにイー♪」

28.最初は面白い樹皮と思ったが、実はリス被害の痛々しい樹皮だった

29.トサムラサキの実(ムラサキシキブの仲間)和歌山県の絶滅危惧種指定

30.かの有名なスタジオジブリの世界感を彷彿させる場所 うん・・うん・・うん♪

31.将校たちの住まいと伺ったのですが・・・いつ頃利用されていたのでしょうか?

32.頑丈な鍵の名残りですね とても重たそうな;;

33.タカノス山展望台より 偶然トンビも上から激写!

34.いつの間にかあっちとこっちに分かれて見学 こっちの組集合記念写真

35.中央構造線の五条屈曲と和泉堆積盆の形成モデルについては ちと難しい;

36.残念!この日はタイムオーバーで沖ノ島の深蛇池には泥岩の津波堆積物まで行けず

37.野奈浦桟橋 15:30発のフェリーに乗りました(16:30でも良かったけどね w)

38.典型的なフリッシュ層(=タービダイト)深い海盆で形成された 美味しそうなローストビーフw w

39.小舟と並走しながら沖ノ島まで片道約20分 船酔いもせず頃合いの乗船時間だー  

40.地の島 こちらの形成年齢が新しい 新生代に近いのかなー ?

2020.11.01 23:51 | 固定リンク | 研究会活動履歴
田ジ研自主研修 フェニックス褶曲訪問
2020.10.16
2020 10月16日 フェニックス褶曲自主研修会より
南紀熊野ジオパーク 107ジオサイトの中でも現在 ダントツ問い合わせが多い場所です。
通常のビューポイントに行くにはミニミニ海峡を渡らなければなりません。
干潮時の絶好のタイミングには県内外からも見学に来られています。(入口がわかりにくいのですがね) 
魚付き保安林、打ち寄せる強弱の波、目前の固い岩が、布団のようにたたまれている。
凄い! 面白い! 
地球の芸術作品に見惚れ 圧倒され明日への活力も湧いてくるような。。
確かに 元気をもらえそうな。。w
すぐ目の前の小島には太公望の姿が(渡船利用)これからは 寒グレの季節だそうです。
(魚釣り体験も面白そうですね♪)

1.7年前 最初の訪問から  何度足を運んでも圧巻のフェニックス褶曲! 

2.すさみ町の面積は174.45平方㎞ 大地のでき方が非常に面白い!

3.町土の93%は林野で占められています

4.小さな小川を抜け 荒磯に降りてきたところ

5.ここ!ここ!ここが 渡る渡れないの ”ミニミニ海峡”

6.11月は数回行けるかも しかし12月は大潮でも厳しいかなぁ~;

7.お名前不明の生痕化石 潮がきらいなアラレタマキビ 「今日はお天気がいいね」

8.でっかいソファーベッドのような岩に集まり「はい ウィスキー♡」

9.まるで乳牛のおっぱいのような膨らみが!。。。

10.陸化してからはかなり崩落しています~

11.分厚い砂岩が粘土のようにグニュリとなっていますねーー

12.おやおや!順序良く積もった段階で、ズズーっとズレている個所見っけ!

13.この日は県外からも来訪されていました

14.マッターホルン見っけ⁉ w 近くの浜辺です♪ 

15.たくさんのキラキラ キラキラが 隠れている 

16.この花ご存じでしたか?。。。サツマイモの花です 結構 可愛いですね

17.小川沿いにぶっとい刺付きの木が! ミカンの木 鳥さんが運んできたのかなー それとも?

18.名古屋から「絶対!ここに行くんだ!」と言ってこられたファミリー チョコちゃんと

2020.10.16 14:33 | 固定リンク | 研究会活動履歴
第31回 上秋津奇絶峡 巡検
2020.10.04
10月4日(日曜)第31回田辺市奇絶峡付近巡検より
川上神社から往復6㎞ウォークでした。
川上神社は以下、和歌山県神社庁 から詳細参考可能です。
https://wakayama-jinjacho.or.jp/jdb/sys/user/GetWjtTbl.php?JinjyaNo=7015

昨今、この付近では
2019年7月28日斜面崩壊で通行止め
2020年3月27日から通行可能
2020年7月4日から強い雨が断続的に降り続き小規模斜面崩壊が発生している場所です
美味しく有名な上秋津特産のミカンの香りをお供に川中口発電所跡を見学
http://www.suiryoku.com/gal.../wakayama/kawnakg/kawnakg.html
その後、通称「奇絶峡」と呼ばれる不動(赤城)の滝から堂本画伯の原画「摩崖三尊大石仏」に到着
少し上流の東屋では昼食後にゴミ拾いと草木の整備作業も行い あれよあれよという間にすっきり仕上がりました。
この付近一帯の地層は、音無川層群上部層(羽六層上部)で、吉野熊野国立公園の一部にも指定されています
水路跡をたどりながら奇絶峡トンネル手前の堰堤跡まで歩を進めてきました
2018年11月30日の当会活動履歴も紹介させていただきます
http://tajiken.org/cafe/html/mon/201811-1.html

* とても参考になるサイト->> :上秋津愛郷会 上秋津(古老は語る)
https://aigoukai.akizuno.net/kamiakizu.html
https://akizuno.net/adata/korouwakataru/korou000.html

1.上秋津にもミカン農家さんが多い ミカンの種類は何かなー

2.古くは流鏑馬の行事もあったという元河上大明神・川上明神社

3.境内にはオガタマノキ・ヒイラギ・クスノキなどが顔を出しています

4.地理院地図にはまだ水路・発電所マークが残っています。

5.川中口発電所の歴史
川中口発電所は明治45年5月当時の有法により設立された「川中水電合資会社」を継承した「秋津用水力電気株式会社」により建設され、大正7年7月23日に出力120kwで運転を開始した。
川中口発電所の水路は急峻な岩山地形の中を約2.4kmにも及びその中でも岩山をくり貫いた素掘りのトンネル
や水路、谷に架けた水路橋など先人の苦労と忍耐力、エ事を完遂しようとする熱意を感じさせられる。
発電所本館取水口壤堤(取水ダム)それ以来「周参見川水力電気株式会社」「東邦電力株式会社」「関西配電株式会社」さらに昭和26年に「関西電力株式会社」とその所属は何度も変遷を繰り返しながらも、変わることなく自然エネルギーを有効利用して地元の地域を照らし続けるという使命を全うした。
運転開始 1918年(大正7年) 7月23日
認可出力 最大120ky
使用水量0.156 m3/s
有効落差95 45m
廃止年月2004年(平成16年) 2月3日
発階機型式 同期発電機
水車型式 フランシス水車


6.フランシス水車です

7.川中口水力発電所
明治四十四年3月、上秋津村 丸山源次郎、鈴木喜三郎の両氏は奇絶峡にベルトン式又はタービン式水車を設備して、精米と製粉事業を始めようとした。そして大正元年の12月、丸山氏他4名で川中水力電気合資会社を設立。電気事業法の許可を中請し、大正三年許可を受けた。その後、大正五年秋津川水電株式会社一(資本金5万円)は、その権利を継承して工事を行い、大正七年七月点灯を開始した。 出力は百六十キロワットで、上秋津.下秋津,稲成,万呂,三柄,長野,栗栖川,上芳養.高城.清:各村に配電された。この会社はそれから、周参見水力電気.東邦電力.関西電力などの各株式会社へと経営譲渡し、現在に至っている。奇絶峡整備委員会


8.運開当時使用されていた部品

9.20109年7月28日午後5時45分ごろ大規模な斜面崩壊が発生した場所 幸いにも人的被害なし

10.山のてっぺんに鷹ノ巣城跡あり 衣笠城城主愛洲八郎源経信七世の孫が南朝に味方して築く

10'.

11.水流が急に速くなる場所

12.地元S氏の説明に耳を傾けています

13.お馴染みの赤い橋は奇絶峡のシンボルになっている

14.不動明王を祭る不動滝は 赤城滝とも呼ばれます

15.堂本印象の魔崖三尊大石仏 近くまで行けます

16.寄り道組が数名いたので 全員集合ならず;

17.「今までこんなにゆっくり奇絶峡を楽しんだ事無かったよー!」(参加者の声より)

18.クイズ この砂と海側の砂とどのように違うかな? 

19.夏場はとても涼しく孫守りにちょうど良い場所です

20.この日の水量はそこそこ多い方でしたね 

21.あ!紅藻見っけ

22.摩崖三尊仏の一つをチラリと覗きながらウォーク

23.山口誓子の句碑「み仏の肩に秋日の手が置かれ」

24.まるで大男の足跡が残っているような大岩もあります 

25.これこれ! ・・・うーん 掘られた跡にも見えないことはないが・・・

26.この付近は役行者の修行の場だったらしい 修行者の中には焼石を喰う奇人も居たとか

27.天の岩戸に似た扉型の岩壁があるようですがどこだかわかりませんでした。

28.赤城の滝から少し上流のあづまやに到着 お弁当タイムはいくつになっても楽しい♪

29.食後は付近をボランティア清掃で身体を動かして気持ちの良い汗もかきかきくけこ

30.オーバーハングになった厚層砂岩の大岩に 水はけ用の管?がたくさん見える

31.昔この付近の石はお殿様の石塔に使われたので、ブランド石だったようですね

32.奇絶峡を過ぎて最初の橋の名前 地元の方々は「かわなかばし」と呼んでいます

33.橋を過ぎた川中にも大きな岩が転がっていました

34.川中口発電所が稼働していた時、ここにダムが造られていた

35.昔遊んだ羽つきの羽根のようなクサギの花と実 名前の割には可愛い♡

36.ヌルデの葉っぱと実 ハゼと同じ仲間なのでかぶれるようです

37.タデ科イヌタデ属のイシミカワよくよく見るとお皿の上に月見団子が乗っているような♡

2020.10.04 19:14 | 固定リンク | 研究会活動履歴

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